愛岩山大権現は愛宕権現か?
静岡県焼津市北新田の浜街道(県道31号)沿いに秋葉灯籠が建っていて(ストビュー)、そのわきに手水鉢と小さな石祠と庚申塔がある。この石祠の表に「愛宕山大権現」と彫られている……と思ってよく見たら「愛岩山大権現」だった。宕じゃなくて岩だったのだ。
愛岩山大権現ってはじめて見るけどなんだろう。愛宕権現の別表記か、それとも別の神なのか?とりあえずググってみよう。結論を先に書いておくと、愛宕権現を祀っているものとみてよいようでした。
とりあえずググった
とりあえず「"愛岩権現"」でググってみたところ、グーグル先生に「もしかして: "秋葉権現"」と指摘された。いわれてみれば、愛岩 → アイイワ → アイワ → アイバ → アキバ → 秋葉とこじつけられないこともないか?なにしろ、くだんの石祠のそばには秋葉灯籠があった。な、なんだってー。 まぁ無理のある説ですね。実際のところ、秋葉もしくはアキバを愛岩と書く例はみつからなかった。
話を愛岩山大権現に戻すと、検索語を「"愛岩山大権現"」・「"愛岩山権現"」・「"愛岩権現"」とすると、ヒットするページは数えるほどしかなく、しかもそのほとんどが愛宕権現について述べていた。やはり愛岩権現は愛宕権現なのだろうか。しかしこのわずかな例だけでは判断しがたい。
つぎに、条件を緩くして「愛岩」でググると、東京の愛宕神社の公式サイトがトップで、画像検索結果には艦これの愛宕さんがずらっと並んでおられた。これは、グーグル先生も愛岩と愛宕を同一である可能性が高いものと見なしているということだろう。さっきは秋葉かもしれないといったのにー。
それはそれとして、諸々条件を加えて検索結果を絞り込んでいくなか、目に付いたのは愛宕神社や愛宕山の愛宕を愛岩と誤記しているページだった。ここまでにあげた検索語でヒットしたページのなかにもこの誤字を含むページがある*1。
また、Googleマップでは地図上では愛岩だが現地情報を確認したら愛宕だった例がいくつか見つかった*2。ほかにはPDFで愛宕と書いてあるものが愛岩と誤認識されている例も多く、どうやらOCRの認識ミスが誤字の増殖に一役買っているのではないかと思われた。
人名・キャラクター名などをのぞくと、愛宕の誤記ではない愛岩がなかなか見つからない。そんななか発見できた参考になりそうなページは以下のとおり。
- 日照山 秋葉山 愛岩山 東京登山
- 旧奥州街道96/本宮市・五百川~仁井田/街道写真紀行/Hitosh
- 香取大禰宜家日記 1 - Google ブックス(八木書店、1995年)
- 日文研古写真データベース「愛岩[宕]山ヨリ眺望遠景」
- Shinpen bunrui honchō nendaiki - Tōsen Den - Google ブックス(田登仙編『新編分類本朝年代紀』1684年、バイエルン州立図書館蔵)
1では、東京都あきる野市の秋川丘陵の山中(日照山?)に、それぞれ「秋葉山」・「愛岩山」と彫られた2基の石碑が発見されている。案ずるに秋葉権現と愛宕権現を祀ったものだろう。
2では、福島県本宮市の奥州街道(県道355)沿いに建つ富士愛宕神社の石柱の表記が「富士愛岩神社」になっていたという。石柱はストビューで確認できるが、残念ながら肝心の文字はよく見えず。鳥居は愛宕になっており(Panoramio - Photo of 富士愛宕神社)、どちらの表記が正式か不明だが愛宕の神を祀る神社ではあるらしい。
3以降は、古い文書でも愛岩の使用例を確認できたということでメモ。3・4では岩について校注で宕と但し書きが入っている。5は山城国愛宕郡を愛岩郡と書いているもので、アタゴではなくオタギと読む。
とりあえず結論
結論としては、愛岩はやはり愛宕であり、くだんの愛岩山大権現の石祠は愛宕権現を祀ったものと考えてよさそう。なにしろ愛宕と無関係の愛岩という神はまったく見あたらなかったのだし。
岩と宕はOCRソフトが混同するくらいだから、誤字が発生しやすそうではある。しかし、愛岩は愛宕の誤字と断定してよいものか疑問が残る。愛宕は阿多古・阿当護・愛当護などと書かれた例もあり、当たり前だがこれらはいずれも誤りではない。愛岩も誤字ではなく表記揺れの可能性がありえるかもしれない。
ところで、そもそも「アタゴ」や「宕」はどんな意味があるのか。『新字源』(角川書店、1994年)によると、「宕」はトウと読み、その意味には洞穴・岩屋、寛い(ひろい)、度が過ぎる、気ままなどがある。 アタゴの意味については、諸説あるもののはっきりしていないようだ。先に書いたように表記に使用される漢字は複数例あり、阿多古・阿当護などは音を写したもののように思われるが、愛宕の字を当てるようになった理由はわからなかった。